八ヶ岳という地域を支え、新しい地域をつくる人にハチ旅・及川がインタビューするシリーズ企画「八ヶ岳をつくる人」。
第3回の今回は、白樺湖畔で八ヶ岳アドベンチャーツアーズを経営する福井五大さんにインタビュー! フリースタイルスキークロス日本代表として世界を回り、スキー引退後はSUP(スタンドアップパドルボード)の全日本選手権で優勝経験のある元アスリートでもあります。
2019年に故郷である白樺湖にUターンし、ご両親からペンションとカヌースクールを引き継いだ後も、SUPやe-bikeのツアー、アウトドアショップの開業と次々と新しい事業を生み出しています。福井さんの力の源はどこにあるのか伺いました。
自然の中で遊び尽くした幼少期
ーー福井さんは生まれも育ちも白樺湖なんですか?
生まれたのは大阪なんですけど、3歳のときに家族で白樺湖に移住して、両親がペンションを始めたんです。父が自転車が好きで、まだ日本では珍しかったマウンテンバイクでビーナスラインを走って遊んでいました。あとはトレイルランニング……とは当時は思ってないですけど、山で走ったり。自然の中で遊び倒しましたね。
ーースキーヤーとして活躍されていますが、小さい頃からプロを目指されていたんですか?
子どもの頃からアルペンスキーのクラブに入って冬はスキーばっかりしてたんですが、正直あまり良い成績は出せなかったんです。高校卒業のタイミングでスキーも辞めようと思っていました。でも、高校を卒業する春に、スキー場の先輩に「スキークロスっていう面白い競技があるから、いっしょにレースに出よう」と誘ってもらって。それで出たレースで、たまたま優勝したんですよ。
ーー初めてのレースで優勝!! スキークロスはオリンピックで見たことがありますが、接触したり転倒したり、見てるだけでもハラハラするスポーツですよね。
アルペンスキーは1人ずつ滑ってタイムを競うんですが、スキークロスは4人の選手が一斉にスタートして、起伏のあるコースを滑りながらゴールの順位を競うんです。人と競争する感じにアドレナリンがどばどば出て。こんなに面白いスポーツがあるんだって興奮して、大学でもスキー部に入ることにしました。多いときは1年の3分の1は海外に遠征していましたね。ワールドカップに出たのも大学生のときです。
マイナースポーツなので、大会の手配など全部自分たちでやらないといけない部分もあって。仲間たちと飛行機のチケット、宿、レンタカーを手配して、自分たちで運転しながらヨーロッパ中を転戦していました。環境が整ってないといえばそれまでなんですけど、そこがかえって楽しかったんですよね。ハングリー精神というか、大学時代に培ったものがその後の人生で役立っていると感じることも多いです。
売るだけじゃない、お客と一緒に遊ぶショップ
ーーかなり充実した4年間ですね。卒業後はどうされたんですか?
そんなわけで冬はずっと遠征していたので、大学4年生の終わり、雪が溶け始めた3月くらいになって「そうか、春からみんな就職するんだ」って気がついて(笑)。「今頃になって就活?」といろんな人に言われましたけど、「やる気だけはあります!」と言って回っていたら、新卒で都内の事務機器メーカーが雇ってくれました。
営業だったんですけど、仕事は仕事ですっごく楽しくて。目標を立てて、そこに向けて準備をして、数字として結果が出て、順位が発表されて。仕事も競技と同じだなと思いましたね。
ーー事務機器メーカーの営業マンとは意外です。スキーはお仕事と両立できたんですか?
夏に成果を上げた分、冬に長めのお休みをもらって遠征に行ったりしてたんですが、選手として続けるには全く練習量が足りなくて。そんなとき、スキークロスがオリンピック種目になるというニュースがあったんです。2010年ですね。
それで、やっぱり夢諦められないなと。仕事を辞めて、選手としてもう一度トレーニングを始めました。
とはいえ収入もないと困るので、選手を続けるという条件で雇ってくれるところを探して、撮影スタジオなどを運営する会社に就職することができました。朝トレーニングしてから職場に行って、17時まで働いて、その後またトレーニングという生活が始まりました。
ーー好きじゃなきゃできないですね……。そして新卒のときもそうですが、すぐに就職先が決まるのがすごい。
本当、好きじゃなきゃできないですよ。もちろん職場にとっては異質な人間だったんですけど、「五大もがんばってるから俺らも仕事がんばろう」と言ってくれたり、僕を通して運動の楽しさを知ったと言ってくれたりして、仲良くやってましたね。会社の仲間と一緒にトレーニングに通ったこともあります。
ーーここまでお話ししていて思うんですが、福井さんって全身から前向きなオーラが溢れてるんですよね。福井さんを見ていて「自分もがんばろう」と思うのはわかる気がします。
めっちゃ前向きだよね、とはよく言われます(笑)。その会社では3年くらい働いたんですが、あるとき遠征でかかとを粉砕骨折してしまって。競技も会社も一回辞めようとなったんですが、ちょうど弟が自転車のお店を始めるというので一緒にやることにしました。
当時アメリカで爆発的に流行していたピストバイクという自転車を輸入して、横浜と原宿に店舗を立ち上げて。売って終わりじゃなくて、お客さんを30人くらい集めてグループライディングのイベントをやったりとか。このときの経験が、今のガイドの仕事につながっていると思います。
ーー2019年にSUPの全日本選手権でも優勝されていますよね。SUPを始めたきっかけは?
野沢温泉にいたスキーの仲間がSUPのガイドを始めるというので、自転車の事業をしていた仲間と一緒に体験させてもらったんです。そしたらこれも楽しくて。どうせやるなら自分たちでブランド作った方が楽しいよねってことで、「PEAKS5(ピークスファイブ)」というブランドを作って販売を始めました。
最初は西麻布に店舗を作ったのですが、やっぱり海の近くでやりたいねということで茅ヶ崎に移転して、最後の2年は辻堂に住んでたんです。毎日海に入って、サーフィンしたりSUP漕いだり。自転車のときみたいにお客さんを集めて、一緒に練習したりレースに出たりしてましたね。
当たり前に自然と遊ぶ生活を
ーーすごく楽しそうなんですが、白樺湖に戻ってこようと思ったのはなぜなんですか?
辻堂に引っ越したときに、いつか帰ろうの“いつか”を2年後にしようと決めていたんです。ちょうど子どもが小学校に上がるタイミングで。自分自身が子ども時代、白樺湖で素晴らしい体験ができたと思っているので、子どもにも同じ経験をさせてあげたいという気持ちがありました。
まずはカヌーのガイドを父から引き継いで、e-bikeやSUPのツアーも増やしていって。あれこれアウトドアスポーツをやっていて思うんですが、白樺湖エリアっていろんなことに適してるんですよ。今年は雪が多かったのでスノーシューもできるじゃんって思って、早速装備を買ってあちこち歩いています。白樺湖エリアで、まだまだいろんなことができる思います。
アウトドアやスポーツをもっと気軽に楽しんでもらいたいという気持ちで、昨年にはアウトドアショップ「Hygge(ヒュッゲ)」をオープンしました。海外のスキー場には、近くに必ずスキーショップがあるんですね。
スキー用品を買えるだけじゃなくて、地域の楽しみ方とかの情報をもらえる場所として当たり前にあるんですが、日本ではレジャーを体験したお客さんがショップでスタッフとおしゃべりをしてることってあまりないですよね。
ーーレンタルショップはありますが……確かに地域の情報を聞くというイメージはないですね。
「Hygge」は僕たちのアクティビティの拠点でもあるんですが、それだけじゃなくて、白樺湖エリアの楽しさやアウトドアの楽しさを知ってもらう場所にしたいんです。体験して終わりではなくて、ライフスタイルに取り入れてほしい。
お店では自転車やSUPボードも売っていますし、コーヒーミルやキャンプ道具など、日常の中でアウトドアを楽しめるようなものも売っています。当たり前に自然と遊ぶっていう生活を楽しんでほしいなと思っています。
まずは自分が楽しむこと
ーー東京でも、白樺湖でも、いつでも楽しそうで素敵です! 楽しいことを続けるには大変なこともあると思うのですが、心が折れそうになったことはないんですか?
う〜ん……心が折れそうなほど辛いことって、大体スキーのときに経験したから。それに比べたら、全部が乗り越えられるような気しかしてないですね。
自分の人生だから、楽しくなきゃ嫌じゃないですか。それには自分で自分を楽しくするしかないんですよ。そもそもが自分が楽しいと思えることしかしてないし、楽しいことを続けるためにこんくらいの努力はして当然でしょって思っています。
ーー今、福井さんの世代が中心になってこれからの地域をつくっている時期なのかなと思います。お子さんたちの世代に向けて考えていることはありますか?
子どもの人生なので好きに生きてほしいんですけど、ここに帰ってくるという選択肢は残してあげたいなと。そしてそのためには、僕が楽しそうにしていることが一番だと思っています。僕自身が、父親が楽しそうにやっている姿を見てきたので。
楽しそうで、かつここでの仕事がきちんと成り立って、家族が幸せになれるんだって思ってくれたら、白樺湖に帰ろうって選択肢も出てくるじゃないですか。自分の事業や地域の仲間との取り組みを通して、子ども世代が帰ろうと思える場所をつくっていけたらいいなって思っています。子どもたちが帰ってきてくれた方が僕も楽しいですしね!
ーー白樺湖のこれからがますます楽しみになりました! ありがとうございました!
1983年生まれ。白樺湖で育ち、高校卒業後はスキークロス選手として海外のレースを転戦。2013年に引退後、都内で自転車ショップを立ち上げる。その後SUPブランド「PEAKS5」を立ち上げ、店舗を運営。2019年に白樺湖にUターンし、両親が営むペンション「リトルグリーブ」、アウトドアガイド事業「八ヶ岳アドベンチャースクール」を引き継ぎ運営中。
ーJRCA公認カヌーインストラクター
ースキークロス元日本代表
ー2018 SUP全日本選手権エリートクラス出場
ー2019 SUP全日本選手権6kmレース優勝